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2011年5月20日 (金)

若葉の頃に──「若葉」のさよなら運転を撮る

新緑の眩しい季節となりました。つい先日まで綺麗な花をつけていた桜の木も、黄緑色の葉をさんさんと輝かせています。

そんな先日15日、流鉄を走る一本の編成が、引退を迎えました。

「若葉」…新緑の季節に引退を迎えた、同編成の最後の姿を記録してきました。

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新緑の横を走る「若葉」。

いつもの様に掲示板にさよなら運転のお知らせが貼り出されたのを知ってからと言うもの、大学の予定などで撮影に行くことが出来るかヤキモキしていたのですが、無事行くことが出来ました。

今回は、流山10:00発の36列車~馬橋発14:55発63レまでの10往復が、「若葉」のさよなら運転として運転されました。

私自身は、自宅をゆっくりと出発した関係で、馬橋駅に着いたのが11時前でした。すると、流山線のホームに、HMを付けた「若葉」が、折よく停車中。すぐに切符を購入し、最初の撮影地として目星を付けていた平和台まで短い旅路を楽しみました。

平和台で下車し、折り返しの44レを撮るために撮影地へ。間に合うか不安でしたが、なんとか踏切が鳴る前に場所を発見することが出来ました。

そして、構えると同時に踏切が鳴動を開始…。

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有名撮影地を走る「若葉」(鰭ヶ崎~平和台間)。

キラキラしたHMを掲げ、色鮮やかな黄緑色の車体を揺らしながら通過していく「若葉」。側面に光は当たりませんでしたが、青空の下を走る「若葉」を、まずは記録することが出来ました。

さて、続いて鰭ヶ崎方面へ歩き、新緑と絡めることが出来る撮影地を探しました。すると、線路脇に色鮮やかな新緑を発見。若干無理やり絡めてみたのが、扉写真に使っているものです。なお、この列車より「惜別」の札が掲げられました。

新緑との絡みを撮影した後は、更に移動して小金城址~鰭ヶ崎間にある、流鉄に来るといつも訪れるポイントへ。

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車体を傾かせながらアプローチを上ってくる「若葉」(小金城趾~鰭ヶ崎間)。

あまり光線状態がよくありませんでしたが、好きな構図で「若葉」を押さえることが出来ました。

これを撮影した後は、すかさずに近場の「お立ち台」に移動し、撮影を終えた方がどいた場所にセッティング。40分後の「若葉」を待つことにしました。

その前に、流山行きの「若葉」も撮影。

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撮影するのは初めての場所(小金城趾~鰭ヶ崎間)。

先ほどのアプローチを下ってくる「若葉」。この構図では初めて撮影しましたが、なかなかいい感じの構図でした。今後も活用して行きたい撮影地ですね。

撮影後はすぐに元の場所に戻り、しばし折り返し待ち。

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これまた有名撮影地を行く「若葉」(小金城趾~鰭ヶ崎間)。

流鉄の中ではよく知られているこのポイント、最終的には10人程が集まりました。こうして見てみると、側面等に一部変色している部分が見受けられます。長らく留置されていたので、痛みが見られたのもまた事実でした。。。

さて、この後知り合いと合流し、幸谷~小金城趾間のポイントへ。多くの同業者がいる中、傾きだした夕日に染まる「若葉」を撮影ことに。

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綺麗な初夏の光線を浴びて(幸谷~小金城趾間)。

やっと、納得できる光線の下で撮影することが出来ました。「惜別」の札を掲げた姿は、寂しげで、でも、堂々としていて。最後の3連の存在感を存分に示された気がしました。

ところで、上の画像は、9往復目の往路です。つまり、のこりあと1.5往復。最後の列車には乗りたかったので、そのまま歩いて幸谷駅まで向かいました。

途中で9往復目復路も撮影したのですが、失敗したのでここでは割愛。続いての10往復目往を幸谷で迎撃し、各種装飾類を撮影しました。

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クハ32に掲出されていたHM(幸谷)。

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西武の種別表示を模した「若葉|最終」の札。

さよなら運転では恒例となっている、西武の種別表示を模した最終の札も掲げられ、いよいよ最後の運行が近いことを思い知らされました。

そして、いよいよ10往復目復路、「若葉」最後の営業走行となる63レがその姿を見せました。

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多くの人に迎えられながら入線する「若葉」。

ホームには、人だかり。そしてそんな中、重厚なモーター音を響かせて、「若葉」は到着してきました。

乗り込んだところで、diamond nextさんとそのご友人にお会いし、しばし談笑。車掌氏が「若葉」、そして「流鉄の3両編成の消滅」を放送でわざわざ案内してくれているのに耳を傾けながら、窓全開でモーター音が響き渡る車内で、最後の「若葉」の力走に身を委ねました。。。

そして、馬橋を出てから12分。終点流山に定刻通りに到着した「若葉」は、全ての営業運転を終えました。

乗客を降ろし、扉を閉めた「若葉」は、入れ替えまでの間しばし展示。と、ここで、流鉄の職員さんの粋な計らいでこんな演出が。

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「若葉」からのメッセージ。

なんと、「若葉」の車内に貼り出されたのは、お手製のメッセージカードでした。各車の紹介や「若葉」、そして前身である西武旧101系131Fの紹介、「若葉」からのメッセ―ジなど、色々なものが貼り出されました。

また、運転台には…。

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花束が添えられた。

クモハ3002の運転台に花束が添えられ、HMと共に最後のを演出しました。

ホームには多くの人が思い思いに別れを惜しんでおり、「若葉」と言う編成が多くの人から愛されえいたんだなぁと、思わざるを得ませんでした。

また、10往復も運転してもらえると、こちらも何度もチャンスがあり、様々な構図で撮影することが出来るので、この方法は嬉しいものでした。

1970年の登場から今まで、41年間走り続けてきた「若葉」。この編成の引退で、同時に流鉄の3両編成も消滅します。

多くの物語を紡いできた「若葉」。今までお疲れ様、そして、ありがとう。

感謝の気持ちを込めて…

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Forever “Wakaba”...


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